北海道、札幌市のフリーペーパー「スコブル」。香山リカさんのエッセーで心をほぐそう。

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スコブルvol.46より

こころのストレッチ

香山リカさん
[精神科医]香山リカさん
1960年札幌生まれ。東京医科大学卒業後、精神科医に。臨床のかたわら帝塚山学院大学教授、立教大学教授などとして教育活動にも携わる。2022年4月より、むかわ町国保診療所の副所長。週末は東京で精神科医としての臨床を継続している

のんびりな春

 春だから新しいことがしたい。よく聞かれる言葉だ。
 たしかに、春は何かを始めるのにちょうどよい季節。私は昨年の春、東京の大学からむかわ町穂別の診療所に働き場所を変えたが、もしあれが10月スタートだったらたいへんだったかもしれない。着任早々、気温がどんどん下がり昼の時間も短くなる。診療所になれないうちから雪が降り始め、「除雪をどうしよう」などと心配がつのって心細くなったのではないか。「穂別に来たのが春でよかった」とそっと胸を撫でおろしている。
 ただし、春だから絶対に何かを始めなければならない、というわけではない。
 これもまた私の場合だが、私は今年の春はなるべくゆっくりすごすつもりだ。厳しい穂別の冬を乗り越えた自分をほめながら、日差しの暖かさや次々に売り出される春野菜を楽しむことくらいしか計画していない。「穂別も2年目。昨年は地域やここでの仕事になじむだけで精いっぱいだったが、今年は新しいことも始めなきゃ」と思うだけで、プレッシャーで押しつぶされそうな気がするからだ。「あら? 気がついたら春も終わってたかも」くらいでちょうどよいと思っている。
 診療所に来る人たちは、みんな「春は畑の土おこしから」「用意していたハウスに苗を植えて」と春を待ちわび、はりきっている。その人たちにもよく言う。「いいですね。でもあまりがんばりすぎないで。たまにはのんびりした春もいいんじゃないですか」。すると、一瞬、「えー」とがっかりしたような顔をした後で、「アハハ」と笑う人もいる。「そうね、そういえば去年は畑で転んで足をすりむいて、まだ来たばかりの先生にお世話になったんだったね。あんなことがないように、今年はゆっくりやらないとね」。
 そうそう。あれもやってこれもやって、の前向きな春はとてもステキ。でも、「あれとこれは今年はやらずに、ちょっと自分をくつろがせますか」という春があってもよいではないか。自分で何かをするのではなく、ひとが作ってくれるごはんをいただく、誰かが描いた絵を見に行って明るい気持ちになる、など“ひとまかせの春”だってよいはず。そうだ、私は“春の朝寝”をなるべく楽しむ春にしよう。あなたも、春のペースダウンを味わってみてはいかが?

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