トキメキの魔法
もう何年も前の話だ。お世話になっていた女性の夫が亡くなった。80代で平均寿命は超えていたが、仲むつまじい夫婦だったので妻の落胆は激しかった。
2ヵ月くらいたってから、知人の中で「励ましに行こう」という話が出て、日程を相談して3人で女性の家を訪ねた。出してもらったお茶とケーキを前に、私たちは亡くなった男性の思い出などを語って時間をすごした。
しばらくして女性は、「夫と出かけた旅行のアルバムを見せるわね」と席を立ち、棚に手を伸ばした。そちらに目を向けた私はビックリ。当時、人気だった韓流ドラマに出演しているスターの写真が何枚も飾ってあったのだ。「え!」と驚いて口を開けたままでいると、女性もそれに気づき、恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「あら、気づかれちゃった。最近、韓国のドラマや歌にハマってるの。この俳優、演技はうまいしファンにもやさしいのよ。このあいだファンの集いに行ったら握手してくれて…」
それから話題は、亡くなった男性のことから韓流スターへとシフト。それまで暗い顔をしていた女性は、一転してイキイキと好きなスターの話をし始めたのだ。
帰り道、私たち3人は笑顔で話した。
「よかったね、すごく落ち込んでたから心配してたけど元気になったみたい」「韓流スター仲間の交流もあるみたいだし、外出の機会も増えて楽しそう」「やっぱりトキメキは必要だよね」
彼女はもちろん、悲しみを完全に乗り越えたわけではない。私たちが帰るときにも、「一周忌には来てね、夫を忘れないであげて」と涙ぐんでいた。でも、ファンタジーとしてドラマの世界に浸かり、自分も恋をした気分になってうっとりする。ファンの集いがあればちょっとおしゃれをして出かけて行き、同じスターが好きな人どうしで情報交換に励む。ボロボロになっていた心にも、少しうるおいが戻ってきたのではないだろうか。
映画やテレビドラマ、小説、音楽など、ロマンチックな気分にさせてくれる作品はたくさんある。ワクワクしたりドキドキしたりは若い人の特権ではない。いくつになってもうるおいのある心で生きたいものだ。