北海道、札幌市のフリーペーパー「スコブル」。香山リカさんのエッセーで心をほぐそう。

スコブル

体と心に効く! エイジレス健康情報マガジン

Regular

:::: :: 連載コンテンツ :: ::::

スコブルvol.33より

こころのストレッチ

トキメキの魔法

 もう何年も前の話だ。お世話になっていた女性の夫が亡くなった。80代で平均寿命は超えていたが、仲むつまじい夫婦だったので妻の落胆は激しかった。
 2ヵ月くらいたってから、知人の中で「励ましに行こう」という話が出て、日程を相談して3人で女性の家を訪ねた。出してもらったお茶とケーキを前に、私たちは亡くなった男性の思い出などを語って時間をすごした。
 しばらくして女性は、「夫と出かけた旅行のアルバムを見せるわね」と席を立ち、棚に手を伸ばした。そちらに目を向けた私はビックリ。当時、人気だった韓流ドラマに出演しているスターの写真が何枚も飾ってあったのだ。「え!」と驚いて口を開けたままでいると、女性もそれに気づき、恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「あら、気づかれちゃった。最近、韓国のドラマや歌にハマってるの。この俳優、演技はうまいしファンにもやさしいのよ。このあいだファンの集いに行ったら握手してくれて…」
 それから話題は、亡くなった男性のことから韓流スターへとシフト。それまで暗い顔をしていた女性は、一転してイキイキと好きなスターの話をし始めたのだ。
 帰り道、私たち3人は笑顔で話した。
「よかったね、すごく落ち込んでたから心配してたけど元気になったみたい」「韓流スター仲間の交流もあるみたいだし、外出の機会も増えて楽しそう」「やっぱりトキメキは必要だよね」
 彼女はもちろん、悲しみを完全に乗り越えたわけではない。私たちが帰るときにも、「一周忌には来てね、夫を忘れないであげて」と涙ぐんでいた。でも、ファンタジーとしてドラマの世界に浸かり、自分も恋をした気分になってうっとりする。ファンの集いがあればちょっとおしゃれをして出かけて行き、同じスターが好きな人どうしで情報交換に励む。ボロボロになっていた心にも、少しうるおいが戻ってきたのではないだろうか。
 映画やテレビドラマ、小説、音楽など、ロマンチックな気分にさせてくれる作品はたくさんある。ワクワクしたりドキドキしたりは若い人の特権ではない。いくつになってもうるおいのある心で生きたいものだ。

香山リカさん
香山リカ
昭和35年札幌生まれ。東京医科大卒。豊富な臨床経験を生かして、現代人の心の問題を中心にさまざまなメディアで発言を続けている。専門は精神病理学。音声アプリ ヒマラヤで「香山リカのココロのほぐし方」配信中。精神科医、立教大学現代心理学部映像身体学科教授

Regular

:::: 連載 ::::

Coupon&Special

クーポン&特典[PDFファイル]