「カンと運」を大切に
医師は診察室でのできごとを外でしてはいけないということになっているが、アウトラインだけならよいはずなので話してみたい。
かなり前のこと、いつも来ている患者さんが「なんだかおなかが痛くて」と言った。簡単にからだを診察しながら「食べすぎじゃないんですか」などと話したが、なんだかちょっと気になったので念のため血液検査をしてみた。
結果を待つあいだ、本人は「だいぶよくなってきたし帰ろうかな」と言う。私は「まあ、ちょっと待って」と引きとめた。
実は、結果的にその人はおなかの中で急性の炎症が起きていることがわかった。患者さんは「えー、ホントですか」と半信半疑だったが、応援に来てもらった外科のドクターが「入院しましょう。今なら点滴でおさまるかもしれません」と言い、ようやく納得。
これ、「私って名医でしょう」というお話ではない。私が「このまま帰ってもらうのは心配だな」と血液検査をしたのは、ちょっとした偶然だった。あと一歩で「じゃ、帰って胃グスリでも飲みますか」と帰すところだったのだ。
では、その“分かれ目”はなんだったのか。それは「カンと運」としか言いようがない。診察室ではしばしばこういうことが起きる。いや、診察室だけではない。人生だって、この「カンと運」によっていろいろなことが決まっていく。
だからといって、日ごろから何かを熱心に信仰したり、カンをきたえる超能力を身につけるようにしたり、とがんばってもあまり効果があるとは思えない。テレビの占いコーナーを見てラッキーカラーのアイテムを身につければ、ちょっとは違うだろうか。それもいつも期待できるとはかぎらない。
ただひとつ言えるのは、自分の体調やこころのケアができていれば、少なくともカンが鈍る可能性は減るかな、ということだ。私が診察室で「あれ?ただの食べすぎじゃないかも」と思えたときも、たしか休み明けで十分に食べたり寝たりしたあとだった。
仕事、子育て、介護、受験、なんでもそうだと思う。まず自分をケアできていなければ、ここぞというときの「カンと運」も働かない。やっぱりすべての基本は、「自分をちゃんと大切にすること」なのだ。