北海道、札幌市のフリーペーパー「スコブル」。香山リカさんのエッセーで心をほぐそう。

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体と心に効く! エイジレス健康情報マガジン

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スコブルvol.29より

こころのストレッチ

あのときは・・・

 最近の日本、とにかく災害が多い。豪雨に台風、さらには北海道で大きな地震と大停電まで起きた。
 秋がやや深まった頃、和歌山に行く仕事があったのだが、すっかり台風被害の報道はなくなっていたにもかかわらず、場所によってはまだ“被災地”という雰囲気のところもあった。屋根がブルーシートでおおわれた家屋も目につく。
 地元の人に「どうだったのですか」ときくと、みな口々にその被害の甚大さを自身の体験を交えて話してくれた。「屋根が大音量とともに風で飛び、どこに落ちるのかと気が気じゃなかった」「医院をやっているが、停電で冷蔵庫に保管していたワクチンがみなダメになった」など、それぞれすさまじい話だった。熱心に語ってくれる彼らの顔を見ながら、「被災直後はそれどころじゃなくても、数か月するとそれを語りたくなるものなのだな」と思った。
 これは東日本大震災でも同じだったが、あのときは災害の規模が大きかったから、「とても語れない」という期間はもっと長かった。何度か被災地を訪れたが、「当日はこうでした」と地元の人たちが体験を自ら語ってくれるようになったのは、災害の発生から1年がすぎてからだった。
 北海道の地震はどうだろう。あの規模の地震となると、目に見える被害だけではなく小さな被害、不自由もたくさんあり、それをまず落ち着けるのに2、3か月はかかる。改めて「本当に恐ろしかった」と語れるようになるのは、年が明けた頃かもしれない。
 そのとき、「もうイヤな経験は忘れて前を向いて歩こうよ」ではなくて、「そうだったの。たいへんだったね」と体験談に耳を傾けてあげる誰かが必要だ。もちろん職場の仲間、友だちどうしでもかまわない。忙しい日常の中で立ち止まり、「それにしてもあの地震、驚いたね」と一度、じっくり語り、聴くことで、心の中を整理する。そんな機会をもうけることが大切だ。
 ひとりが話しているときは、まわりは「私だって」とさえぎらずに、「うんうん、そうだよね」と聞き役に徹する。そしてひとりが終わったら、また次の誰か話し出すのだ。
 こういう“じっくり振り返り”は、何度もする必要はない。一度で十分。でもやるとやらないとではだいぶ違う。ぜひ試してみてください。

香山リカさん
香山リカ
昭和35年札幌生まれ。東京医科大卒。豊富な臨床経験を生かして、現代人の心の問題を中心にさまざまなメディアで発言を続けている。専門は精神病理学。音声アプリ ヒマラヤで「香山リカのココロのほぐし方」配信中。精神科医、立教大学現代心理学部映像身体学科教授

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