こころの傷の処方箋
「こころの傷」ってどうやって治せばよいのだろう。これは、精神科医たちにとっても大きな問題だ。毎年のようにいろいろな新しい治療プログラムが開発され、提案される。どれもそれなりに有効なのだけど、共通していえることは「時間がかかる」ということだ。
診察室に来る人は、たいていこんなことを言う。
「10年前、信じていた友人に裏切られ、こころに傷がつきました。いまでもそれを繰り返し思い出して苦しんでいます。この苦しみが一瞬でなおる治療、ありませんか」
そう、だれもが「時間をかけずにこころの痛み、苦しみや怒りが消えてなくならないか」と願っているのだ。その気持ちはよくわかる。もし私も何かが原因となってこころに傷ができ、常にそれでモヤモヤ、イライラしていたら、こころの専門家のところに行ってこう言うに違いない。
「先生、とにかくこれをすぐにスーッと消すクスリか呪文、ないですか?」
そこで医者が「治療法はあるにはありますが、週に3回通ってもらってだいたい半年で…」となどと言うと、それだけで相談者がげんなりした顔になるのも当然だ。
では、どうすればいいのだろう。私は最近、「傷を消す」のではなくて「傷はあっても生きていく」という考え方をすすめることが多い。こころの傷はつらい。苦しい。でも人間は、それでも「『シン・ゴジラ』見た?おもしろいよ」と言われたら、「見てみようかな」という気になる。そのチャンスを逃さず。「でも、私には悩みごとがあるから」などとためらわずに、時間を調べて映画館に足を運ぶ。通りかかった雑貨屋のウィンドウにかわいい形のカップがあれば、「今はそれどころではない。まずこのこころの傷を解決してからだ」などと思わずに、買って家でお茶を飲む。
あえて傷を治そうとせずに、「それはそれ」として生きることになるべく熱中するのだ。
「そんなウヤムヤにするような方法じゃ、なにも解決しませんよ」と言う人もいるが、解決しなくたっていいじゃない。それでも人生は続いていくのだから。だとしたら、少しでも目の前の日々を楽しいものにしたほうがよいではないか。「先生のやり方いいかげんねえ」と笑ってくれる相談者には、「そうそう、その調子です」と言うことにしている。