北海道、札幌市のフリーペーパー「スコブル」。香山リカさんのエッセーで心をほぐそう。

スコブル

体と心に効く! エイジレス健康情報マガジン

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スコブルvol.18より

こころのストレッチ

忙中閑あり、病中笑あり

──精神科の診察室にいると、つらくなりませんか。
 よく質問されることだ。たしかに人の悩み、苦しみを聴くのが楽しい仕事ではない。しかし、診察室の中は常に涙、沈黙があふれているかというと、それも違う。意外に思うかもしれないが、けっこう笑いが出ることもある。
 もうけっこう昔のことになるが、強烈な対人恐怖の症状があって、なかなかひとの前に出られないという女性が通っていたことがあった。ひとと視線をあわせるのがイヤなので、いつも帽子を目深にかぶっている。それがいつもなかなかおしゃれな帽子なのだ。
 あるとき、彼女がとてもさわやかな白いキャップで診察室にやって来たことがあった。「いかがですか」「相変わらず全然、外に出ることができなくて」といったやり取りのあと、私はこらえきれずに言ってしまった。
「あ、あの…そのキャップ、どこで買ったんですか。お店教えてもらえませんか」
 いつも硬い表情をしている彼女は、びっくりした表情のあと、「ふふふ」と笑った。
「先生、なにを言い出すかと思ったらそんなこと。私にとって帽子は必需品だから、せめてこれくらいと思って、いろいろ選んでるんです。好きなメーカーがあるのですがそのお店は…」
 いつになくにこやかに店の場所を教えてくれたことに感謝しつつ、私はつけ加えた。
「あ、その白いキャップに同色のパーカーをあわせたら即、流行のスタイルになると思う。今度いかがですか」
 彼女は「先生、なんか店員さんみたい」と笑いながら、「じゃ、勇気出してしばらくぶりに洋服屋さんにも行ってみようかな」と言ってくれた。
 忙しい中にもちょっとした心のゆとりがあることを「忙中閑あり」と言うが、まさに「病中笑あり」。つらい中、苦しい中でも、おしゃれを楽しんだりふと笑いがもれたりすることだってある。診察室では、その人のそんな意外な一面を目にして、なごやかな時間をともにすることもあるのだ。
 これは誰だって同じだ。「ああ、しんどいな」という日々の中でも、くすっと笑ったりパッと心がはなやぐ時間もあるだろう。そんな一瞬を大切にしてほしいと思う。

香山リカさん
香山リカ
昭和35年札幌生まれ。東京医科大卒。豊富な臨床経験を生かして、現代人の心の問題を中心にさまざまなメディアで発言を続けている。専門は精神病理学。NHKラジオ「香山リカのココロの美容液」パーソナリティー。精神科医、立教大学現代心理学部映像身体学科教授。

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