うれしい春なのに、なぜ?
春は変化の季節である。精神科の診察室も大忙しだ。「ああ、大学入試に不合格でうつ状態になる人などが来るんでしょう」と思うかもしれないが、やって来るのは失敗、挫折といった変化を経験した人ばかりではない。
かつて、診察室にこんな人が来たことがあった。
「私、長年の恋愛が実ってこの春、結婚したんです。希望通りの会社に転職することもできたし、資格試験にも合格しました」
なんだろう、自慢話に来たのだろうか、と思ったが、もちろんそうではなかった。気分的には幸せいっぱいなのに、なぜかからだに力が入らず、ため息ばかりが出てやる気もなかなかわかないのだという。「努力や苦労が実って願いがすべてかなった」という変化が、知らないうちにストレスになっていたのだ。私はほほ笑みながら言った。
「これまで相当、がんばられたのですね。ほっとしていま、疲れが一気に出ているんですよ。しばらくの間、ダンナさんにお願いして家事なんかやってもらうといいですね。おいしい食事を作ってあげなきゃ、などとあまり張り切りすぎないでくださいね」
すると、彼女は「あこがれの人と結婚できたのだから、最高の奥さんにならなきゃ、と思いすぎてたかも」と涙ぐんだ。長い一生、あせることはない。いまは夫に助けてもらい、またそのうち自分が元気になったらゆるゆると夫のサポートに回ればいいのだ。
このように、“うれしい変化”である結婚、昇進、合格、新築などがきっかけとなってうつ状態になってしまうことも、とくにまじめな人の場合はよくある。その人たちは、「せっかくいいことがあったのだから、さらにがんばらなきゃ」と自分をせき立ててしまうのだ。
これまで一生懸命、努力して、成果が出た。そのときは「やった」と喜び、十分、自分をねぎらったほうがいい。「こんなことで調子に乗ってはいけない」などと自分を戒めるのはほどほどにすべきだ。
この春、あまりうれしくない変化があった人は、「まあ、いいや。これからが本番だ」と自分に言い聞かせて。うれしい変化があった人は、「おつかれさん」と自分を休ませて。これが私からの“春のメッセージ”だ。