北海道、札幌市のフリーペーパー「スコブル」。香山リカさんのエッセーで心をほぐそう。

スコブル

体と心に効く! エイジレス健康情報マガジン

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スコブルvol.21より

こころのストレッチ

ふるさと、ありますか?

 東京に住んでいる私だが、年を取れば取るほど、「自分は北海道の人間なんだな」と自覚することが増えてきた。仕事で札幌に行っても道北や道東に行っても、「ああ、北海道だな」とほっとする。雪があまり降らない東京の冬は何となくもの足りない。もちろん野球はファイターズ。そして、自分の中にある“北海道気質”を確認するたびに、「ふるさとがあってよかった」と思うのだ。
 診察室には、「親が転勤族でふるさとと思える場所がない」という人もときどきやって来る。また、実家があるにはあるが、家族と折り合いが悪いのでその地は二度と訪れないと思う、と言う人もいる。ふだんはそれでもよいのだが、うつ病などで心が弱くなっているときは、「帰ってひと息つけるふるさともない」とそのことでよけいに暗い気持ちになる場合もある。
 そういう人には、「ふるさとは長く住んだ場所でなくてもいい、いや、住んだことのない土地でもいいんです」と話す。たとえばある人は、テレビドラマ『北の国から』の大ファンだった。その人は親の都合で子ども時代、関西方面を転々とし、長く住んだ場所がなかった。うつ病になって「どこかでのんびりしたい」と話すその人に、「もし、ドラマでおなじみの富良野が心和む場所なら、そこを仮のふるさととして考えて、ちょっと良くなったら何日かをそこですごしてはどうでしょう」と話してみた。もちろん、うつ病には移動よりもまず休息が必要なケースも少なくないのだが、その人の場合は、とにかく「心落ち着く場所」に身を寄せることが大切と思われたのだ。
 その人は以前にも富良野を訪れたことがあり、「ええっ、富良野をふるさとだと思っていいのですね?」とうれしそうな声を上げた。それから、富良野滞在を目標に治療を続け、ある程度、回復したところで計画を立てて、1週間ほど富良野のペンションに滞在して心のリハビリを行うことができた。
 今はアニメや映画の舞台となった町が“聖地”と呼ばれ、全国から多くのファンがその地を訪れている。ふるさとを持たない人は、そういった町を自分だけのふるさとと考えてもよいはずだ。気ぜわしい現代、誰もが“心の港”を必要としている。北海道という“リアルふるさと”がある私はとても幸せだ。でも、ない人もあきらめることはなく、自分にとってのふるさとを見つけてほしい。

香山リカさん
香山リカ
昭和35年札幌生まれ。東京医科大卒。豊富な臨床経験を生かして、現代人の心の問題を中心にさまざまなメディアで発言を続けている。専門は精神病理学。NHKラジオ「香山リカのココロの美容液」パーソナリティー。精神科医、立教大学現代心理学部映像身体学科教授。

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