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スコブルvol.30より

女優 杉田かおるさんインタビュー
“母の介護に向き合う日々で忘れていた日常を取り戻しました”

杉田かおるさん
1972年7歳の時TVドラマ「パパと呼ばないで」子役デビュー。社会現象になったTVドラマ「3年B組 金八先生」に出演しその後「池中玄太 80キロ」など多数の作品に出演。元結核予防会シール大使、現在、日本健康生活推進協会健康マスター名誉リーダーとして活動

目の前に広がる豊かな景色
丁寧に「降りる生き方」を楽しむ

 50歳を過ぎた頃から、一つ一つのことを慈しみながら丁寧に生きたいと思うようになりました。テレビの企画で100キロマラソンを走ったのは40歳の時。子役時代からずっとゴールを目指してがむしゃらに走り続けてきた自分の姿にも重なり、ある意味で私の芸能生活の一つのピークだったと思います。
 今は6年前に再婚した主人と一緒に、農地を借りて自然農で野菜を育てるのが何よりの楽しみです。転機はダイエットがきっかけでオーガニックに目覚めたことと、同時期に武田鉄矢さんが教えてくれた「降りてゆく生き方」にあります。山を登る時は空しか見えないけど、山を降りる時は目の前にいろんな豊かな景色が広がる。そろそろそんな生き方をしたら、と勧めてくれたんです。ふっと肩の力が抜けてすごく楽になりました。
 自然農の基本は、自然の営みに沿って育つ作物を、過保護にせず少しだけ手助けしたり、見守ったりすること。この考え方は、昨年亡くなった母の介護でも役に立ちました。母の人生の集大成を手伝わせてもらっていると思うと、いろんなことがうまく回るようになりました。また、介護でも家事でも、そういう役を演じていると思えば、行き詰まらずにこなせること。つくづく役者で良かった、女優は天職なのだと思います。
 仕事をセーブして母を介護したこの数年間は、忘れていた普通の日常を取り戻す日々でもありました。更年期と重なり体調もすぐれない中で介護と向き合う辛さはありましたが、いろんな気づきがあって楽しかったですね。「日本健康マスター」の資格を取得したのも、母が「やってみたら」と背中を押してくれたから。母の支えがあったからこそ、今の私があると思います。
 母たちの世代は、戦争前後の辛い時代を乗り越えてきました。その話を聞いて育った私たちには、それを検証して次の世代にバトンを渡す役割がある。母を見送った今、そんなことも感じています。

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